2024年1月1日、正月に発生した令和6年能登半島地震(これ以降、能登半島地震と略す)の発生から、2026年の元日で2年を迎えようとしている。能登半島地震は、陸域近くの活断層の連動によって、M(マグニチュード)7.6という規模で約5年半ぶりに震度7を記録する地震となった。さらに、その傷も癒えない9月21日には、輪島市輪島で24時間降水量が412.0mmを観測した記録的豪雨「奥能登豪雨」が発生した。特に、能登半島北部の奥能登と呼ばれる地域の輪島市と珠洲市では、活断層によって引き起こされた大地震とその後に起こった記録的な豪雨災害が重なった複合災害となった。
さくら事務所運営の防災シンクタンク「だいち災害リスク研究所」所長・横山芳春(理学博士)は、2024年1月4日〜5日に実施した金沢市近郊の現地調査以降、同年中には地震・豪雨被害の現地調査に合計7回・21日間訪問して調査を実施した。同年末には、1年間の現地の変遷や、被害に遭った方からお伺いしたお話や公開情報等をもとに「令和6年能登半島地震から1年! 見えてきた3つの課題と教訓 」という記事で、能登地方の復旧は遅れているのか?」「地震による甚大な家屋被害はなぜ発生したのか?」「地震と豪雨との複合災害を防ぐには?」という3つの課題と教訓について解説を実施した。
さらにそれから1年が経つ時期を前に、横山は11月12~14日の日程で奥能登2市2町を中心とした現地調査を実施した。その際は可能な限り、過去に訪問した場所がその後どのように変遷したかに着眼して、その変遷を追跡した。特に、石川県の報告では、公費解体は2024年10月末で申請の95%を完了しているとされているが、横山が2024年1月~10月の間に、能登地域における5回の調査で現地を見た際の写真との比較で、現地の光景がどのように変わっているかを視覚的に示した。また、SNS上の意見や現地の方の聞き取り、また公的公開情報などを総合して、復旧、復興の現状や課題などについて調査を実施した。
また、一部の報道やSNS上では、能登半島地震の復旧が遅れている、また「能登は見捨てられた」などの論が目立っていたこともある。これらについても良く指摘があった地点の現地状況から、その実態について調査を実施した。
能登半島各地の現状と比較
昨年に5回実施した能登地方の現地調査の際の写真と、2025年11月12~14日の日程で実施した現地調査の際の写真を「定点」的に比較して紹介しながら、地震・豪雨後の姿と、それから1年以上経った後の現状について紹介する。24箇所について比較できる写真で紹介し、地震・豪雨被害があった場所がその後どうなっていったか、ビジュアルで紹介する。なお、各地点についてそれぞれの解説や、元画像の写真提供等も可能であるのでお問い合わせ頂きたい。
輪島市
奥能登地方最大都市である輪島市の中心部、朝市通りなどがあり訪れる人も多い河井町では、地震による7階建てビル倒壊があった。このビルでは隣接した建物が下敷きとなり、2人の方が亡くなっている。解体開始は2024年10月以降となったため、写真でも地震から約1か月後から、9月下旬までほぼその姿に変化がないことがわかる。10月23日の写真では地盤のボーリング調査が開始されていることがわかる。倒壊を免れた別棟から解体が進んだため、倒壊ビル解体は11月以降となったことから、下写真の通り11月半ばでも、1月末と光景はほとんど変わっていなかった。上層階から解体が始まり、地上部分の解体完了は2025年3月末であった。
今年11月に訪れると全て解体は完了して更地となっていた。知らなければ、元々空き地であった場所のように感じてしまう。結果的に、この地点では地震発生から手つかずの状態の倒壊ビルが元日から10か月ほど残存していたことになった。SNSなどで「能登は見捨てられた」「復旧復興が遅い」という論が渦巻くが、その代表事例のようになってしまっていた感もある。しかし、実際には、ご遺族の意向によりビル倒壊原因の調査が行われたことなども影響していたことが明確である事例だ(出典:「原因を必ず究明してほしい」地震でビル倒壊し2人死亡…輪切りで建物解体へ)。しかし、そのような個別の事情を知らず、批判の材料になってしまっていた。実際に、このビルの「解体後」の様子について語られることは少ないように感じる。

同じ河井町にある、「朝市通り」付近は、地震後の火災により焼失した地域である。2024年5月の段階ではまだ焼失した建物も残存していたが、他地域より先行して公費解体が進み、2024年9月の段階でかなり更地化が進んでいた。2025年11月には周囲の公費解体が終了し、現地は草原のようになっていた。輪島市は火災被害エリアで焼失したエリアで区画整理の準備を進めている段階で、どのような再建をしていくかは今後協議が進められる段階だ。輪島市は朝市通り周辺をシンボルプロジェクトと位置付けており、2030年度までに防災対策を強化して再建を目標としていることから、今後再建が進むことが期待される。
なお、輪島市河井町周辺は、筆者らの調査で揺れやすい、軟らかい地盤が分布していることがわかっている(令和6年能登半島地震から1年! 見えてきた3つの課題と教訓 )。耐震性能強化をはじめ、十分な道幅などを含めた地震対策や、洪水浸水も想定される地域であることから、簡単なことではないが水害対策等も考慮されることが望ましいだろう。

輪島市河井町では、家屋倒壊の被害も多く発生していた。輪島市では2025年10月末の、公費解体完了率が95.8%に達している。この数字は修繕・利活用を申し出た建物、土砂崩れで解体できない建物、解体に時間を要する大規模建物など、市町がやむを得ないと判断した建物(別管理建物)を除く数値(出典:石川県)である。いまだに河井町やその周辺でも公費解体中の看板が建って解体工事が進んでいる建物も残るが、新たに新築住宅を建てている現場もあり、写真の場所の近隣でも基礎着工が進んでいる住宅が見受けらえた。再建の一歩は確かに進んでいることを感じた。

輪島市二ツ屋町にある、輪島市役所(輪島市庁)付近は、前面の歩道が凹字状に陥没する被害があった。この付近は川の合流点にあり、9月の奥能登豪雨では土砂の堆積などがあり、2024年9月の時点でも歩道の修復は進んでいなかったが、2025年11月に訪問した際には復旧されていた。同様に、輪島消防署付近なども2024年9月に確認した際まで歩道に大きな被害が残っていたが、2025年11月には同様に復旧が進んでいた。

輪島市宅田町、市立病院やホームセンターの西側にある谷では、2024年9月の奥能登豪雨の際、倒壊家屋前にある暗渠の沢が土砂で埋まって氾濫し、川のようになってしまっていた。地震、豪雨と二重被災があった地域である。2025年11月では倒壊家屋のほとんどは解体され、暗渠部には穴があけられ、土砂が撤去されていたようであった。なお、豪雨被害については輪島市街の緊急現地調査から見えた地震の影響と浸水の原因の記事を参照されたい。

輪島市久手川町では、奥能登豪雨で地域を流れる塚田川を土砂・洪水氾濫とみられる濁流が遅い、4名の方が亡くなられている。写真右手側には流された住宅の痕跡も残っていた。2024年9月21日の豪雨から4日後に訪問した際にはまだ流れて来た流木や土砂は手つかずで、行方不明者の捜索も行われている状況であった。2025年11月になると川向こうの集合住宅へのルートだろうか、新たな橋がかけられており、辺りの流木などは撤去されていた。

輪島市久手川町で塚田川に南側から合流する川沿いでは、2024年9月時点では集合住宅ぎわの擁壁(又は護岸)は大きく浸食されており、塚田川と同様に流木なども残置されている様子が見られた。2025年11月に訪問時には集合住宅は解体され、流木は撤去されていた。周囲の山側にある住宅でも解体が進んでおり、当日に重機が入って解体が進んでいる住宅もあった。

輪島市の西側にある輪島市門前町黒島地区では、「天領黒島」の伝統的建造物群を含む建物が損傷した。ここでも2024年5月の段階では倒壊家屋が多く残存していたが、2025年11月に訪問した際にはその大半が解体され、山側まで見通せるほどになっていた。

この地域は、能登半島地震に伴って最大4m近い海岸の隆起があった。黒島漁港では港内がすべて干上がっている状態であり2024年2月から2024年5月まで大きな変化はなかったが、10月に訪問した際は多くの植物に覆われていた。2025年11月ではさらに植物は繁茂しており、知らないと草原が元からそこにあったかのような印象を受けるほどであった。

輪島市門前町の門前町浦上では、2024年9月の奥能登豪の際に大きな被害が発生していた。門前町を流れる八ケ川の支流である浦上川沿いでは、2024年10月に訪問した際には大量の流木や土砂が流れ込んでいた。民家付近に見渡す限り大量の流木、しかもかなり大きなものが流れ込んでおり、撤去には相当な労力を要することが見込まれた。2025年11月に訪問した際にはそれら流木や土砂は撤去され、周辺の被災家屋や建物(左下の写真、左側は郵便局)が解体が進んでいた。

輪島市東側にある輪島市町野町でも、流域を流れる町野川支流の鈴屋川沿いで被害が集中した。豪雨から約一月後の2024年10月に訪問した際は、護岸は大きく損傷し、濁流に地盤の浸食された家屋などが残存していた。2025年11月に訪問した際は河川護岸の復旧(仮復旧か)が進んでおり。周囲の被災家屋も多くが解体されていた。

珠洲市
津波の被害もあった珠洲市宝立町は、能登半島地震で津波による被害、揺れによる被害が甚大であった。2023年5月5日の地震(珠洲市で最大震度6強)後にも訪れており、能登半島地震前の姿も撮影できている。このときは写真奥の右手で1棟の建物倒壊があった。能登半島地震から約3か月後の2024年3月時点では倒壊家屋も多く残存しており道路にはみ出している状況もあった。10月には徐々に解体が進行、写真でも重機やトラックが写っているが、周囲には多くの解体事業者が作業に当たっていた。
2025年11月には、見える範囲で数件の建物を除いて解体が進んでいた。地震前から比べると、向こう側にある山の木々が見えるほど空き地のようになっていることがわかる。珠洲市では、2025年10月末には、公費解体完了率が98.7%に達している。とくに津波や家屋倒壊が多かった地域では、解体の進捗によって景色が一変したことを強く感じた。

同じく珠洲市鵜飼(以下2箇所の写真)では、同様に解体の進捗を強く感じた地域であった。2024年3月→10月でもある程度解体は進捗していたが、2025年になってより一層の解体進捗があった。


2023年5月の地震でも被害が大きかった珠洲市正院は、地震の揺れによる倒壊家屋が多く目立った地域であった。海に近く、特に沿岸部では地盤の液状化現象による噴砂、マンホールの突出、地盤の陥没等が発生していた。2024年3月に訪問時には倒壊家屋が残存しており、マンホールの突出もみられた。2025年11月には道路は綺麗に復旧してマンホール突出も解消、被災家屋は解体が進み、沿岸部では液状化噴砂も撤去されていたようであった。また、海岸部では護岸工事に関連するものか、工事が進められていた。


珠洲市若山町では、地域を流れる若山川ぞいで奥能登豪雨の際に河岸が浸食されたとみられる家屋があり、基礎地盤が失われることで川のほうに半分が転落するような被害がみられた。手前の建物は杭があるとみられることもあって、傾くなどは無く残存していた。2025年11月訪問時、半分が転落していた家屋では解体の重機が入っているところであった。建物が敷地外の河川にずり落ちていることもあって解体工事も困難であると想定されるが、こうした豪雨による被害が大きな家屋でも解体が進んでいた。

若山川の上流域では、「活断層か?」とも指摘された直線状の大きな段差があり、2024年3月に訪問した際には写真の地点では水田だった場所の地面が大きく傾いているようにみられていた。その後の研究により、川の両側の山の斜面が地震によって大規模に滑り落ちててできたものであるという論文が発表された(論文(英文))。2025年11月には水田は耕作されておらず、道路は確度が緩くなっているように見られた。大きな道ではないが、ちょうど北側からの道と南側の道をつなぐバイパスのような位置にあり、公費解体や復旧工事関連のトラックとみられるダンプトラックが多数行きかっていたが、これも復興の進捗の姿であろう。
珠洲市の北側にある珠洲市大谷町付近は、2024年9月の奥能登豪雨の際、大規模な土石流被害に見舞われた地域である。2024年10月時点で道路は土砂が撤去されていたが、被災家屋は土砂が多く流入した状態で残置されていた。2025年11月には、土砂の撤去と家屋解体が段階的に進められていた。しかし、解体のみならず家屋内の土砂もあるためか、他地域に比べるとまだ未解体の家屋も残存していた状態にあった。

穴水町
穴水町由比ケ丘~川島付近では、能登半島地震によって複数地点で土砂災害(急傾斜地の崩壊)がみられた。2024年5月の訪問時には、倒壊家屋や土砂が残置されていた。穴水町では解体率100%と完了していることもあって、これら家屋も解体済みであった。土砂も撤去されて平らにならされていたり、斜面は擁壁が撤去されたものか、土嚢袋を敷き詰めてあった。

志賀町
志賀町北部の志賀町富来地区では、能登半島地震の揺れによる被害が目立ち、とくに中心部を流れる富来川流域での被害が目立っていた。志賀町では10月末の解体率は97.3%であったが、富来付近でも解体は進み、被災家屋の多くは撤去されていた。

志賀町赤崎は地盤が硬いこともあって揺れが大きく増幅しなかったものとみられ、地震後の調査では倒壊家屋などはみられなかった。しかし。2025年11月に訪れてみると、その中でも何棟かは解体済みの家屋が見受けられた。

なお、現地調査中の写真などは、「横山の調査期間中におけるX(旧Twitter)投稿」も参照されたい、
能登半島の現状~復旧は遅れているのか?
未復旧地点の現状
以上、多数の地点を紹介した通り公費解体の進捗は、景色を一変させていた。公費解体については、昨年当初の見込みより棟数がおよそ2倍になったにも関わらず、2025年10月末には95%(11月末には97.9%)に及んでいる。これは、①能登半島地震の規模の大きさ、②半島にあり山がちで道路やアクセスの限られる能登半島の地形・地理的要因とその被災状況、③都市からの遠さという奥能登地方の条件を考慮すると、公費解体がほぼ完了してラストワンマイルにあることは驚異的な数字であるように感じている。さらに、奥能登豪雨という二重豪雨という災難を考えれば遅れているということはないだろう。
先述の写真の通り、まだ未解体の家屋は確かに残っている。時系列で比較はできないが、上記で珠洲市大谷町の土石流被害を載せた地点よりさらに山側では、被災家屋がほぼそのまま残っているような地点も見受けられた。ただし、写真を見てもわかるように背後の斜面が大きく崩落している場所にあるような被害が甚大な地点である。解体が後回し、または未着手である場合は、被害が大きな地点のほか、所有者の希望(片付けの時間が欲しいなど)、所有者不明の場合などもあるだろう。
珠洲市大谷町の未解体家屋(2025年11月14日)
石川県の2025年11月7日記者会見(記者会見資料)でも、修繕・利活用を申し出た建物、土砂崩れで解体できない建物、解体に時間を要する大規模建物など、市町がやむを得ないと判断した建物が、別管理建物として1984棟あることを報告している。これらは「早期の解体完了を目指すものの、個別の事情に応じ、できる限り柔軟に対応する」として、その理由は「土砂崩れや道路の不通により、解体に着手できない建物」が最も多く、次いで、「解体に時間を要する大規模建物」が多いとしている。そのほかは、転居・移転待ちや家財等の片付けのため、11月以降に解体を希望する建物が多いもので、個別の事情があるものだ。遅れていると言えるようなものではないだろうし、それらの件数や理由についても把握されている。
建物のほかにも、遅れ、見捨てられたと指摘される場所がある。一例として、新聞記事にもなった事例として、珠洲市内の突出マンホールの残置がある。この地点も復旧復興の遅れを示す性質のものではないと考える。突出マンホールが今も残存している原因としては、①十分に広さがある漁港近辺場所にあって、下の写真の通り通行や復旧復興の妨げとならないこと、②近隣の橋は通行不能になっており(代替ルート有り)車両の通行がなく訪れる人も少ないこと、③珠洲市の公共下水道事業の変更に伴い、周辺地域は下水道の対象区域から外れ、効率的・経済的な市町村設置型浄化槽設置への転換を進めていること、さらに④地域の在宅避難者には個別浄化槽を設置(出典:国総研HP)などといった、多くの人の妨げにはならず、かつ必要なケアは取られている状態であるとみられる。これだけ明瞭に突出していれば視認性も良く、事故などにも繋がりにくいだろう。
他の地点では突出マンホールは解消が進んでいる中、1年近く経っても同様な状態であるのは、とりわけこの地点では優先した撤去の必要性が薄く、優先度が低いことから残存しているものと考えられるだろう。このような地点だけをピックアップして、理由や背景を説明せずに「進んでいない、見捨てられた」という論調となることは、復旧・復興の全体像を見たときに、その実態にはそぐわないように思われる。

珠洲市の突出マンホール事例(2025年11月13日)
なお、他の地点でも車道沿いでは歩道が崩落してマンホールが突出して残っているような場所も残っていた。しかし、この場所も県道沿いであり、ほとんど人が通るような場所のようにはみられなかった。集落沿いに道があるので、代替手段というより地元の方の徒歩移動も、そうした道を歩くことが一般だろう。優先度が低い事例といえるだろうか。
能登町の歩道被害事例(2025年11月13日)
能登地方では、国道249号線の未復旧地点(一般車が通行不可)は、2025年11月時点で2箇所に限られた。それも地震、豪雨での繰り返しの被害が甚大であった場所だ。各地の道路復旧については、国交省の各事務所により、復旧が進んだ地点について盛んにX(旧Twitter)上で投稿されている現状にある。豪雨で被害があった歩道も、復旧が進んでいる状況を確認した。珠洲市内ではこのような場所も、優先度に応じて、復旧が進められていることが現状だ。

能登地域を選挙基盤とする石川県3区選出の衆議院議員である近藤和也氏は、自身のX(旧Twitter)で以下のような投稿をされている。
『「家、会社、財産、命、失った出発点がみんな違う。」
「歩幅は人によって違うよ。復旧復興もそんなもんじゃないけ?」
先ほど石川県の商工会の方との懇親会で言われた言葉です。
「みんな復旧した」とはもちろん言えないけど、
「まったく進んでいない!」と当事者でない人言われると「ふざけるな!」。
前には進んでいます。
みんな頑張っています。
でも一括りで表わせられるものではない。
つくづく思います。
これが地域の方のご意見であり、実情であるように思われる。
能登の現状と支援とは?
被害も場所によって異なれば、その進捗も異なる。進んでいないわけではなく、まだ着手できていない場合もある。しかし、それは一くくりで表せるものではない。しかし、SNSでの発言などを注視していくと、実際には当事者ではない外部に住む人々が、進捗状況や個別の状況などを良く知らずに発言、または敢えて政治批判などを絡めて「遅れている」など指摘しているパターンが多いように見受けられた。
そのほか、幹線道路をはじめ復旧が進んだことで大きな変化もあった。2025年11月に訪れた際は平日ではあったが各地で観光客の姿を多く見たことが、2024年までとの大きな違いであった。大型観光バスで多数の観光客が珠洲市の見附島を望む見附公園に乗り付けていた光景もあった(11月13日)、道の駅では各地で遠方を含む県外ナンバーや、金沢ナンバー、近県ナンバーのレンタカーなども目立った。
見附島を望む(2025年11月14日)
従来から道の駅などで県外ナンバーの車は多かったが、2024年は明らかに復旧事業関係の方が中心であった(実際に2024年5月、10月に道の駅に滞在して実感した)。これが、2025年11月には輪島市街でも珠洲市内でも、外国人の方や高齢の方、小さいお子さんも含む方が、観光地を歩いていたほどだ。宿泊したゲストハウスでも、著者以外は全員同室が外国人の方であったほどだ。
石川県は、奥能登地方の観光政策を重視している。観光業は飲食店、宿泊業のみならず地場産業や伝統工芸品、それらを販売する店やすそ野が広く、能登地方の産業を支える屋台骨である。地震・豪雨前からあった高齢化、人口減少、過疎化、限界集落化という課題は、地震・豪雨による深刻さを増している。観光業やそのすそ野の産業の衰退は、さらなる人口流出につながりかねない。能登は既に観光に入れる状況にあり、多くの方に観光に訪れて欲しいところだ。
元気な地元のお子さんが多く遊んでいる場所もあり、人口流出という課題がある中ではあるが希望を感じた。地域の方のお話によると、奥能登は仕事がないというイメージがあるが、役所も一次産業も企業も人は足りない状況とのことであった。人材難は都市部ですら同様であるが、奥能登でも就業できる世代や家族の流出が減ること、移住してくれる人が増えることが有難いという話であった。前面移住でなくとも、二拠点生活なども考える人が増えればと思うところだ。
現地に行って宿泊、観光、食事など地域の経済を直接回すことや、ボランティア活動などは重要な地域支援となるが、行くだけが被災地支援ではない、物産展などや日頃の買い物で被災地域の名産品、特産品を買う、ふるさと納税をする、募金・義捐金などをする(公的な機関のものや団体、運営者や収支等が明確な組織への募金を強くお勧めする)など様々なことがあるだろう。
それらをSNSで投稿することも被災地の力になるし、行けなくとも前向きな現地の皆さんの姿や、おいしい食事、名産品、名所の投稿などを拡散することも現地の支えになるだろう。能登半島では、X(旧Twitter)で #能登ウマイヨ、#のと活 などのハッシュタグで、能登半島のグルメや名産品、様々な活動や観光などの投稿が日々、タイムラインを賑わわせている。そうした投稿を広めることも現代における重要な支援の一つだろうと考えている。
被災状況・復興に際しての課題
復旧・復興は長い道のりでありながら進んでいる中で、復興に際して課題も少なくないだろう。
まず、公費解体の多さは、家屋被害が多かったことの裏返しでもある。家屋倒壊が起きてしまうと、能登半島地震で亡くなった方(直接死)の原因の多くを占める直接死のほか、災害関連死、津波などからの避難ルートの閉塞にも繋がりかねないことから、個人住宅の耐震性確保は極めて重要だ。個人の資産としてだけではなく、地域全体の課題でもある。家屋が倒壊しなければ避難所に入る、二次避難をしなくてもいい場合もあり、コミュニティの維持も容易になる。
地震で仮設住宅に入った方が豪雨で二重被災してしまったという事例もあった。家屋の耐震性確保だけではなく、事前の立地リスクによる被災状況を考慮した備えも必要だ。まず津波から避難をする必要がある場所でないか、土砂災害、水害のリスクがある場所かを踏まえた防災の備えは不可欠である。さらに、仮設住宅等の建設適地、構造による対応(2階を住戸にする)等の考慮も重要であり、平時から考えておくことが望ましいだろう。
「能登は見捨てられた」、「復旧が遅い」論をひもとくと、
①理由があって解体が進んでいない建物を挙げるケース
②優先度の低い未復旧の地点をあげつらうケース
③政治・政権批判とセットになっているケース
これらが目立ったように感じている。
一歩間違えればデマや不確かな情報の拡散にも繋がりかねない問題である。SNSなどでこのような投稿を見た際には、実態と乖離していないか、これらのいずれか(又は組み合わせ)ではないか?、特に政治・政権批判や、何らかの利益誘導と繋がっていないか?などは、冷静に見極めることが求められる。事実と異なる場合は、地域にお住まいの方が明瞭に否定、指摘している場合も少なくない。
以上、1年ぶりに訪れた能登の光景は大きく変わっていた。今後もどんどん変わっていくだろう。能登は元と同じ姿ではなく、新たな、より良い姿へ「創造的復興」が進められている。被災地だけでなく、能登は美しい景色、おいしい食にも事欠かない。「能登はやさしや土までも」の言葉通り、どこまでも優しい能登の皆様にも出会えるだろう。
能登に住む皆様は、自分より周りのことを気遣って頂くような本当に強く、優しい方が多いと感じる。今後、観光への支援策なども拡充が見込まれるだろう。ぜひ、機会を見つけて、今しか見られない能登の姿を、現地に見に行って欲しいと考える。
記事の内容について、それぞれの解説や、元画像の写真提供等も可能であるのでお問い合わせ下さい。
参考:過去の能登半島地震・奥能登豪雨関連のコラム等
■能登半島地震:地盤の専門家としての調査結果・提言
・コラム:能登半島地震・金沢市周辺の市街地調査からの提言
・コラム:地盤の液状化とは?どこで起きるのか?対策や備えは?
・コラム:能登半島地震から1年! 見えてきた3つの課題と教訓
・学会発表:輪島市街の被害傾向と地盤特性(PDF)
・コラム:2023年奥能登地震の現地調査報告
■奥能登豪雨:仮設住宅被災の原因、複合災害の実態を調査
コラム:地震+豪雨災害が複合する災害の特徴と備え~
コラム:輪島市街の緊急現地調査から見えた浸水の原因
コラム:奥能登豪雨の課題から見えてきた3つの課題
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■記事執筆者(災害リスクカルテ監修)
横山 芳春 博士(理学)
だいち災害リスク研究所所長・地盤災害ドクター地形と地質、地盤災害の専門家。災害が起きた際には速やかに現地入りして被害を調査。広島土砂災害、熊本地震、北海道胆振東部地震、山形県沖地震、逗子市土砂災害等では発生当日又は翌朝に現地入り。
現地またはスタジオから報道解説も対応(NHKスペシャル、ワールドビジネスサテライト等に出演)する地盤災害のプロフェッショナル。

